ザ・ローリング・ストーンズ14 オン・ファイアー ジャパン・ツアー PRESENTED BY イーストスプリング・インベストメンツ 2014年 2月26日(水)、3月4日(火)、3月6日(木)  東京ドーム 

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HISTORY ザローリングストーンズの歴史

ローリングストーンズ:その激動の歴史その2 アンソニーデカーティス

以上のような理由から、60年代から70年代にかけてのストーンズはポップミュージック界の中でも、一際独創的な作品を生み出し続けた。『ベガーズ・バンケット』(1968年)、『レット・イット・ブリード』(1969年)、『スティッキー・フィンガーズ』(1971年)、そして『メイン・ストリートのならず者』(1972年)はいずれも“音楽史上最高のアルバム”のリストにたびたび登場する名盤だ。これらの作品の製作を担当したアメリカ人プロデューサーのジミー・ミラーのことをリチャーズは“類いまれなるリズムを生む男”と短い言葉で表現している。彼の生み出した作品からは、文化が大きく変化していた時代と同様に、ダイナミックな動きが感じられる。そんな中『レット・イット・ブリード』の製作中にブライアン・ジョーンズが亡くなり、彼の後任としてミック・テイラーが加入した。テイラーは天性の才能に恵まれたギタリストで、彼の持つ抒情性やメロディー性はリチャーズの生み出す強烈なリズムの流れとバランスよく調和し、ストーンズの音楽性を深め、バンドにとって新たな方向性を切り開いた。

その後、ストーンズは音楽シーンにおいて圧倒的な存在であり続けた。それは現在でも同じことである。アルバム『山羊の頭のスープ』(1973年)、『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』(1974年)、『ブラック・アンド・ブルー』(1976年)から「悲しみのアンジー」や「イッツ・オンリー・ロックン・ロール」などのヒット曲が生まれ、ストーンズは転換期を迎えていた。ミック・テイラーが脱退し、後任として1975年にギタリストのロン・ウッドが新たにメンバーに加わり、ストーンズの音楽のさらなる進化に貢献する。その後1978年のアルバム『女たち』では「ホエン・ジ・ウィップ・カムズ・ダウン」のように(ストーンズは10年前から既にパンク的なエネルギーや雰囲気を持っていたが)パンクを意識した曲や、「ミス・ユー」のようにディスコ風のしなやかなグルーヴを持つ曲を発表した。このアルバムは70年代を代表する名盤の1つである。『刺青の男』(1981年)に収録された「スタート・ミー・アップ」と「友を待つ」はストーンズの代表作となり、同アルバムはストーンズの後期の作品の中でも最も魅力的で人気のあるアルバムの1つとして特筆すべき作品だ。そしておそらくストーンズの作品の中で最も過小評価されているアルバムといえば『ダーティ・ワーク』(1986年)だろう。収録当時のバンド内のいざこざを反映するかのように、最も生々しく、感情的なリズムの込められた作品だ。真のストーンズファンたちは、『ダーティ・ワーク』を一種の“名誉の印”として温かく受け入れてきた。

69年のツアーから“The Greatest Rock and Roll Band in the World(世界最高のロックン・ロール・バンド)”と紹介されはじめたストーンズは、自らのライブ・パフォーマンスに基づいて、そう標榜される権利があると主張していた。当時、バンドはツアーをしない方がカッコいいといった風潮にあり、実際にボブ・ディランもビートルズもツアーを行ってはいない。しかしストーンズは、素晴らしい楽曲を作ってレコード化することは、バンドが“高尚すぎてファンを骨までしびれさせるようなライブ演奏ができないという意味ではない”ことを証明しようと試みていた。ストーンズのライブは――無論、ジャガーの刺激的でエロティックなダンスに象徴されるが――バンドに評判をもたらし、その人気は再び燃え上がった。

20年後に再燃した人気は、今なお燃え続けている。’89年以来、ストーンズはツアーの回数を重ねるごとに熱狂的な反応を得てきた。以前にマイルス・デイビスのバンドに在籍していたベーシストのダリル・ジョーンズが、ビル・ワイマンに代わって‘94年に参加。ともすればネガティブになりかねないメンバー変更を、ストーンズは新しいエネルギーに転化させた。この時代におけるストーンズのライブ活動は、金銭面や興行成績の大成功を収めたものの、それを目的としていたわけではない。パフォーマンスこそが真にバンドを生かし続けるということを、継続的コミットメントをもって証明するためだったのだ。

ストーンズがツアーを開始してからすでに40年以上になるが、そのたびに「今回が最後では?」という質問が出る。だが、これはとんでもない間違いだ。彼らは、数十年にわたって音楽とはほぼ無関係なこと、例えば逮捕や問題発言、離婚、確執、不倫、リハビリ施設への入所など、いかにもロックミュージシャン的なお騒がせによってニュースに取り上げられてきたが、それは紛れもない事実だ。また、ミック・ジャガーが世界的セレブであることは疑いの余地がなく、そうしたステイタスが良くも悪くも世間の注目を集めてしまうのは致し方ない面もあろう。

しかし、それらすべてを踏まえてなお、ストーンズはミュージシャンとして認識されており、そうした事実によってこれほど長く活動を続けてこられたことを彼ら自身も受け入れている。ミック・ジャガーは、あらゆるタブロイド紙の見出しにおいて究極のリード・シンガーとして形容され、またあらゆる形のアートにおいて最も魅力的なステージ・パフォーマーの1人と称されている。キース・リチャーズは、ストーンズを推進するエンジンの役割を果たし、彼らの音楽をたちまちそれと分かるように作り上げてしまう。2人の相補的スタイルやソングライターとしての比類なきコラボ、さらにはあまりに有名な確執問題がロックシンガーとロックギタリストの関係性の定義そのものを生み出したのであり、この2人はよく模倣されるが決して超えられないコンビである。

一方、リチャーズと一緒にギターを担当するロン・ウッドは、巧みでメロディアスなタッチでバンドの楽曲に彩りと質感を与えている。チャーリー・ワッツは言うまでもなく、ロック界で最高かつ最もしなやかなドラマーの1人だ。彼はバンドをつなぎ留めるロック(岩)のような存在であり、スイングさせる繊細なエネルギーでもある。シンプルでエレガントでありながら、激しいインパクトを感じさせる彼の動きに一切の無駄はない。ワッツとダリル・ジョーンズは、たまらなく魅力的で気取りのないジャズ由来の洗練を用いて、しばしばハードな印象を持つロックン・ロールのリズムセクションに華やぎを注いでいる。

「同じバンドを50年も続けているなんてすごいことだぜ」とミック・ジャガーは話す。「もちろん、その間にメンバーは入れ替わったりしたが、それでもローリング・ストーンズであり続けている。そりゃ必然的にバンドの終わりも考えるよ。だが、俺達は今後を計画中で、将来のためにいろいろと動いているところさ!」

「俺にとって、ストーンズの歴史を語るにはまだ早すぎる」とキース・リチャーズは言う。「俺達たちはまだ終わっちゃいない。まだ達成できていないことが1つあって、それは俺達がこの先どこまでやっていけるか、その答えを見つけることなんだ。このバンドでプレイするのが楽しくて、まだ手放すなんてできないね。だから、どこまでやれるか知りたいんだ、分かるだろ?」

今この瞬間を生き、創造するのがミュージシャンというものだ。だからこそ、ファンはストーンズのライブに行くことを切望するわけで、さらに50周年を迎える今年は何らかのサプライズも予想される。ストーンズに匹敵するほどの膨大な楽曲を持つアーティストは、そうはいない。老いも若きもストーンズ・ファンは、ロックン・ロールという概念そのものを形成するうえで原始的な役割を果たしたバンドとの出会いを待ち望んでいる。だが、ローリング・ストーンズのライブを見ることは、全力でプレイする現役バンドを目撃することであり、そこに終わりは存在しないのだ。

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